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ソフメモ
1月 25, 2012
12:19am
タオルは、間違いなく『銀河ヒッチハイク・ガイド』の中でもっとも有名なジョークの一つである。
小説版では冒頭に登場するこのジョーク、しかし実は一番最初の、6話完結のラジオ・ドラマ(第1節から第6節)には存在しない。1978年12月24日に放送された、クリスマス・スペシャル(第7節)の中で初めて登場することになる。
アダムスにとって、これは元を正せばほんの内輪受けのジョークだったらしい。休暇でギリシャに行って数人の友達と小さなヴィラに滞在した時のこと、毎朝みんなで浜辺に出かけようとすると、アダムス一人がいつも自分のタオルを見つけられなくて、仲間をさんざん待たせたのだとか。その時の経験から、本当に人とうまくやっていける人というのは、自分のタオルのありかをちゃんとわきまえている人なんじゃないか、と思うに至ったようだ。(orignial radio script, p.148)
内輪受けのジョークだっただけに、アダムスとしては当初これを作品に入れるのは気乗り薄だったが、蓋を開けてみると意外なまでに好評だった。今に至るもいかにこのタオルの話が知られているか、それを示すエピソードが2000年6月3日付のガーディアン紙に掲載されている。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、タオルのありかをわきまえてさえいれば何がなくとも大丈夫、ということになっている。それを受けて、ホスピスで死に瀕したある女性は「私は大丈夫。自分のタオルのありかはわかっているから」と語ったという。勿論、その女性はタオルがあれば命が助かると本気で考えた訳ではあるまい。死を目前に控えた時、その恐怖や不安に対し「タオルがあれば大丈夫」というジョークを安心や安全の象徴として用いただけのことだろう。もっとも、この話を担当編集者から聞いたアダムスはさすがに大いに当惑したそうだが。
ともあれ、これほどのタオル人気にあやからないという手はない、ということで便乗商品のタオルも発売されたことがある。最初、マークス・アンド・スペンサーが製作に名乗りを上げた(何と言ってもフォードが地球で愛用していたタオルはマークス・アンド・スペンサー製だ)が、これは実現せずに終わった。
その後、1984年になって、アダムスが『銀河ヒッチハイク・ガイド』のコンピュータ・ゲームの広告担当者と話している中で、企画倒れに終わったタオルのことに触れたところ、相手の広告業者の乗り気となり、話がトントン拍子に進んで今度こそ制作・発売されることとなった。発売元はHH Towel 、第一弾は紫っぽい色と青っぽい色の2色で、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のタオルに関する記述が、英国版ペーパーバックで該当する頁番号入りでタオルの全面に転写されている。第二弾は、「スコーンシュラス・シルバー」と「ビーブルブロックス・ブラウン」の2色で、値段は14ポンド95セントだった。
ちなみに、アメリカのSF雑誌 Starlog 1986年6月号の33頁には、うれしそうな顔でこのタオルを広げたアダムスの写真が掲載されている。ただし、モノクロ写真なのでタオルの色までは分からない。が、転写されて文字なら何とか読める。以下の通り書き出してみたところ、基本的に小説版と同じだが、そのままでは長すぎるので適宜省略されていることがわかる。 - ダグラス・アダムス関連topics (via petapeta) (via hkdmz) (via funa1g) (via petapeta) (via hkdmz) (via dotnuke)
小説版では冒頭に登場するこのジョーク、しかし実は一番最初の、6話完結のラジオ・ドラマ(第1節から第6節)には存在しない。1978年12月24日に放送された、クリスマス・スペシャル(第7節)の中で初めて登場することになる。
アダムスにとって、これは元を正せばほんの内輪受けのジョークだったらしい。休暇でギリシャに行って数人の友達と小さなヴィラに滞在した時のこと、毎朝みんなで浜辺に出かけようとすると、アダムス一人がいつも自分のタオルを見つけられなくて、仲間をさんざん待たせたのだとか。その時の経験から、本当に人とうまくやっていける人というのは、自分のタオルのありかをちゃんとわきまえている人なんじゃないか、と思うに至ったようだ。(orignial radio script, p.148)
内輪受けのジョークだっただけに、アダムスとしては当初これを作品に入れるのは気乗り薄だったが、蓋を開けてみると意外なまでに好評だった。今に至るもいかにこのタオルの話が知られているか、それを示すエピソードが2000年6月3日付のガーディアン紙に掲載されている。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、タオルのありかをわきまえてさえいれば何がなくとも大丈夫、ということになっている。それを受けて、ホスピスで死に瀕したある女性は「私は大丈夫。自分のタオルのありかはわかっているから」と語ったという。勿論、その女性はタオルがあれば命が助かると本気で考えた訳ではあるまい。死を目前に控えた時、その恐怖や不安に対し「タオルがあれば大丈夫」というジョークを安心や安全の象徴として用いただけのことだろう。もっとも、この話を担当編集者から聞いたアダムスはさすがに大いに当惑したそうだが。
ともあれ、これほどのタオル人気にあやからないという手はない、ということで便乗商品のタオルも発売されたことがある。最初、マークス・アンド・スペンサーが製作に名乗りを上げた(何と言ってもフォードが地球で愛用していたタオルはマークス・アンド・スペンサー製だ)が、これは実現せずに終わった。
その後、1984年になって、アダムスが『銀河ヒッチハイク・ガイド』のコンピュータ・ゲームの広告担当者と話している中で、企画倒れに終わったタオルのことに触れたところ、相手の広告業者の乗り気となり、話がトントン拍子に進んで今度こそ制作・発売されることとなった。発売元はHH Towel 、第一弾は紫っぽい色と青っぽい色の2色で、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のタオルに関する記述が、英国版ペーパーバックで該当する頁番号入りでタオルの全面に転写されている。第二弾は、「スコーンシュラス・シルバー」と「ビーブルブロックス・ブラウン」の2色で、値段は14ポンド95セントだった。
ちなみに、アメリカのSF雑誌 Starlog 1986年6月号の33頁には、うれしそうな顔でこのタオルを広げたアダムスの写真が掲載されている。ただし、モノクロ写真なのでタオルの色までは分からない。が、転写されて文字なら何とか読める。以下の通り書き出してみたところ、基本的に小説版と同じだが、そのままでは長すぎるので適宜省略されていることがわかる。 - ダグラス・アダムス関連topics (via petapeta) (via hkdmz) (via funa1g) (via petapeta) (via hkdmz) (via dotnuke)
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